ここをクリックしてください。



旅するPowerBook

2 ; 旅の時


 PowerBookは、旅をするために生まれてきた。所有者の行くところ、PowerBookも、その行を共にする。可動性こそが本質であるならば、私にとってのPowerBook150は、正しく旅の友として出会い、別れることになったマシンである。
 150を購入したのは、取材先の京都であった。東京に住む私は、京都の地理に暗い。どこにパソコンショップがあるかも知らないのだが、四条河原町の書店であたりをつけて足を運んだのは、寺町通綾小路下ルにある、O店であった。99年末の大掃除で、たまたまその時の領収書が出てきたのだが、私はおよそ15万円を支払っていた。150が発売されて約半年が経過した時期である。当初の価格は約26万円であったというから、すでに10万円ほど値下がりしていたことになる。しかしそれにしても、旅の空で使う金額として、15万円は安くない。今ならとてもできないことと、領収書を見て感心した。私は東京への帰途、さっそく新幹線の座席で梱包を解き、セッティングを始めた。解説書や緩衝材などを床に置いたり膝の上に乗せたり、東京までの2時間がとにかく待てず、大わらわになって150とのつきあいを始めたのである。
 そして約1年。私と150は、お神酒徳利のようにして、西へ東へ南へ北へと旅をした。幾度、東海道を上り下りしただろう。日本海の荒波も見たし、関門トンネルもくぐったし、東京都内はくまなく巡ったし、地震直後の神戸にも行った。書くことを仕事にする私にとって、場所を限定せず文章を書かせてくれるPowerBook、その150との旅は、至福の時間であった。フロッピードライブ内蔵型のPowerBookでは最も軽い重量が、旅をするにはうってつけだったのである。そんな時期、身の程知らずの私は、150の買い換えを、つい考えてしまった。ポート類を削減して150以下の重量を実現したDuoシリーズ、秀逸なデザインの“Black Bird”500シリーズ、PowerPC搭載の5300シリーズなどがキラ星のごとく並んで、目をくらませたのだ。そんな時、私は冬の札幌で凍った路面に足をとられ、鞄に収めた150を地面に落下させて液晶画面を破損。これでは仕事ができないと、北大生しか利用できない生協に走り、学生を装って約8万円の150を購入する。ところが帰京して1か月の後。今度は取材帰りの池袋駅で、150の入った鞄を肩にかけて電話している最中、紐がはずれて鞄が落下。またもや液晶画面を破損した。偽大学生の名で書いた保証書を、私は使う気になれなかった。使おうと思えば、使えたのかもしれないが……。
 しばしばいわれる。買い換えを考えた時、すでにあるMacは嫉妬して原因不明のトラブルを起こす、と。科学的な根拠は知らないが、買い換えようと思った時点で、一時的にせよ、持ち主の心がMacから離れて、それまで何気なく払っていた注意も、怠ってしまうようになるのではないか? 人間関係にも共通することだ。相手に対する気持ちが薄れ、他にそれてしまう。それが嫉妬の遠因だろう。今でも後悔する。ふと買い換えを考えてしまったことが、あれほど同じ時間を過ごした150を、惨めな最期に追いやってしまったのだと。現在の私なら、新品でも中古でもジャンクでも、とにかく液晶のパーツを入手し、自分の手で解体手術をほどこして、もとの健康な姿に戻してやっただろう。しかし、あのころはまだ、それができなかった。知識がないばかりに、150にじゅうぶんな手を尽くしてやれなかった。そのことの悔いが、私の気持ちを、150と共通する要素の多い、モノクロ表示のPowerBook100シリーズに走らせる。手もとの100シリーズ・マシンは、今や十数台に達した。あのころの150に報いるため、その数は今後も増えていくだろう。




旅するPowerBook 目次へ

POWERBOK ARMYバナー