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旅するPowerBook

10 ; G3/333とオールドマック、そして新キーボード

 PowerBookG3/333を購入して以来、マッキントッシュに向かう姿勢に変化が現れている。それは他人から見ての変化ではない。私が自分自身に感じる変化だ。
 いわゆるオールドマックに対し、以前ほど熱心に向きあえなくなった。以前ほどといっても、G3購入前だから、たかだか2、3週間前にくらべてということ。
 朝起きると必ずインターネットのフリーマーケットにアクセスして、中古マック情報を確認していた。
 風呂に入ったりトイレに入る時は、何種類も持っている雑誌のオールドマック特集を手にしていた。
 ほとんど毎日といっていいくらい、秋葉原に通って中古のマック屋をのぞき、何かを買っていた。
 ところが、そうした日課が崩れてしまっている。フリーマーケットにアクセスしても、珍しいものがあったら逃さないぞという熱意はない。オールドマック特集号も時折手にするだけ。秋葉原へ行かなくても、気持ちの乾きは感じない。
 先に書いてしまうと、この気持ちはいずれまた、変わるだろうと思う。
 いずれ遠くない時期、オールドマックに対し、G3購入前と同じか、それ以上の熱心さで向かう日が再び来るに違いない。来ないかもしれないが、可能性はある。
 マックに関してだけではなく、何ものに向かう場合も同じである。波があるし、浮き沈みがある。ついたり離れたり。熱くなったり冷めたり。盛り上がったり落ちこんだり。
 だから客観的に、今はこういう状態なんだと見つめればいい。しかし、それにしても、目の前の変化には違いない。
 1999年の冬、所有していた20数台のマックのほとんどを売った。手元に残ったのは、5台。売却の理由は、金銭的なものである。家賃の支払いが滞りそうになったら、自分の財産を売るしかあるまい。その時は、これで当分、オールドマックというだけでなく、マックそのものを買い足すことはあるまいと思っていた。ところが、それから10か月が経ったころ、私はパワーブックG3に至る20数台のマックを買い、計30台以上のマックを持っている。つまり、ここ10か月の間、私の前に約50台のマックが現われたということ。この数字には、われながら呆れざるを得ない。10台になった、20台になったと、途中までは他人に伝えることが楽しかったが、さすがに今は、所有台数を口にする気になれない。恥ずかしくもあり、ばかばかしくもある。
 オールドマックに対し、一日のうち、一度も手を伸ばさない日がある。かつては、マックを分解したり組み立てたり開けたり、システムを入れたり入れ直したりしていたというのに。
 パワーブックの100シリーズや、IIfx、Quadra700などの名前を聞くと胸をときめかせたものだが、その重要さをわかっていながら、それらを見つめる目は、今や冷静である。
 かつては、すべてのオールドマックを机の上に並べて、スイッチやキーを押せば、いつでも起動できるようにしてあったのに。
 気分屋なのかもしれない。自分に正直に生きているつもりだが、ここに書いたようなことを他人が判断すれば、気分屋ということになろう。しかし、30数台のマックを所有していく過程で、私は「そのキーを叩け!」という原稿を書き始めた。無駄ではなかったと思っている。
 何といっても、メインマシンとしてのG3を使わなければならない。


 G3を買ったばかりのころは仕事場に置いてあった。自宅でメインマシンにしていたのは、3400c/200。2台の環境を、ほぼ同じに整えなければならないというのは、簡単なようで、なかなかやっかいだ。複数のマックを持っている人にはわかってもらえるだろう。一定の時間以上、一定の密度以上の作業をしなければ、複数のマックの環境を、同じレベルに持っていけない。辞書に登録してある単語、電子メールを送る相手のアドレス、作業用のアプリケーションや追加した機能など、大小の違いがさまざまある。
 仕事場に行くたびに3400cを携帯し、G3との間の違いをなくすように努めた。3400で使えても、G3では使えないアプリケーションがある。その逆もしかり。それが、こと原稿書きに関するものだと、軽視できない。最新のメインマシンに合わせて、愛用してきた道具を捨てることになる。無念だが、どうしようもない。
 プログラムだけでなく、本体に接続する周辺機器でも、このような問題は起こっている。どんなに便利な機器でも、マックにつなげられなければ宝の持ち腐れとなる。使い慣れたものに固執する限りは、最新マシンを使えないということになる。最新マシンを使いたければ、新しい機器を買わなければならなくなる。その結果、また出費が増える。道具が進歩するにつれ、どこにでも起きる問題といえばいえようが……。
 このように、G3を使い始めて直面した問題は多かったが、それと並行して3400cを持ち歩く機会が増えたことは、私にとって、収穫といえたかもしれない。
 3400cといえば、これまでに発売されたパワーブックの中で、最も重い部類に属するマシンだ。途中で電池切れになるのを恐れ、予備のバッテリーを携帯するから、鞄の中はなお重くなる。腕に来て、腰に来て、最後は頭に来る。それでも、G3を生かさなければという思いが、私をして3400cを持ち運ばせた。その結果、3400cは家でも仕事場でも使われるということになる。
 1997年に発売された3400cは、自宅のメインマシンだった、190csの後を継ぐものとして購入したのである。そのころの190csは、何の故障もなく働いてくれていた。1995年の購入以来、ほとんどトラブルを経験していない。にもかかわらず、どうして3400cを買ったのか。おそらくは、G3を買ったことに似た衝動が、私を後押ししたのである。3400cは、私が初めて買う、パワーマックといわれる高速処理マシンであり、フロッピードライブもCD-ROMドライブも内蔵でき、映像処理でも音声処理でも、ひととおりの拡張機能を備えている。その上で、持ち運びができるということ。その点が魅力だった。
 しかし、だからこそ、私は3400cを、初めのころは、なかなか持ち運べなかった。高価なマシンだけに、壊すのが恐ろしい。私は過去に二度、PowerBook150を地面に落下させて壊している。さほど高価なマシンではなかったが、値段の高い低いにかかわらず、愛用するマシンが壊れるのは辛い。3400cは自宅から決して表に持ち出さず、ノート型ではあるものの、デスクトップマシンにしてしまおうと思った。3キロ台の半ばに達する重量も、気軽に携帯させなかった理由である。


 その3400cを、私は平気で持ち運べるようになった。1999年、190csが完全に駄目になる。喫茶店などで長時間の仕事をしようと思えば、3400cを使うしかなくなっていた。そこに、G3の購入。使いこまなければならないマシンは、今やG3だ。それにくらべれば、購入した金額分はじゅうぶん使ったといえる3400cは、若干、気楽なマシンである。確かに、重いことは重い。しかし、それを我慢して使うということは、3400cに対する、具体的な愛情表現になろう。片方に、まったく使われない多くのオールドマックがあることを思えば、それまでデスクトップマシンと位置づけられていた3400cを外に運び出し、仕事場と自宅を往復させ、喫茶店でもファストフードショップでも使うようになったことには、正直いって嬉しい。
 しかし……。これはあくまでもG3と3400cに関する話。これらはまだ、オールドマックと呼べるものではない。私が所有する、掛け値なしのオールドマックたち20数台は、仕事部屋の本箱につっこまれたり、積み上げられたりして、眠っている。
 もったいない? 確かにもったいない。フル活動させるための準備は、私なりに整えてあるのに。
 時間さえあれば、1988年当時に発表された、システムの漢字Talk2.0であろうと、アプリケーションのHyperCard1.0であろうと使ってみせる。
 秋葉原へ行ってビデオカードさえ入手すれば、三台目のIIfxを、すぐさま所有マシンと認定できるよう、整備するだろう。
 書きかけのままQuadra700の中で眠っている小説を、縦型モノクロ表示のディスプレイ、ポートレイトを使って完成させてもいい。
 さらに、PowerBook100シリーズの部品が段ボール箱からあふれそうになっているが、足りない部品を補いつつ組み立てていけば、あと2〜3台は数を増やすことができるだろうと思う。
 多くのことが、ストップしたままになっている。しかし、ストップしても私は生きている。ということは、すなわちオールドマックに関わることが、余暇で行われていたということの証拠になるだろうか。余暇とはいわずとも、切羽詰まったものではなかったということ。
 この事実は情けない。将来、何かの変化があるとしても、マックに関する部分で余暇と認めざるをえない点があるということは、非常に辛い。
 本来、余暇は嫌いである。例えば、履歴書にある趣味の欄などは、空白にしてしまいたいのである。
 私は毎日を着物で過ごしているが、どうして着物を着ているのですか? 趣味ですか? などと問われると、虫酸が走る。趣味で着るほどの余裕はない。私は着物を着ると決めて、洋服の類はすべて処分した。余った力で着物を着たくないからだ。着物が着られないとなると、私は裸で人前に出るしかない。それしかないというところで着物を着たい。着物に限らず何ごとも為していきたい。だからマックも……。
 いや、マックというだけではなく、マックで文章を書くということを、私は余裕などないところで行いたいと思っている。そのために買い集めた30数台のマッキントッシュなのである。そのほとんどが動いていないという事実は、切羽詰まって原稿に向かっていない証拠だ。


 アップル社製のコンピュータ、1984年以降ならマッキントッシュが日本に輸入されはじめたころ。生活費を削ってまで、高価なマシンを購入した人々がいた。手狭なアパートなのに、コンピュータだけは高級スポーツ車並みのマシンを持っている人々がいた。彼らは、生きることと、コンピュータを使うことを合致させた。余裕のないところでコンピュータを使おうとした。
 彼らがいなくても、パソコンは日本で普及しただろう。iMacやiBookが登場して、パソコンは大衆的な広がりを見せただろう。しかし、パソコン、とりわけマックの普及には、そのように他を削るだけ削ってマックに打ちこんだ人がいたからだと思いたい。
 当時のコンピュータは、それが彼らの生活を経済的に潤すとか、目の前の仕事につながるとか、インターネット時代にやがては対応するとか、そのような目算をもたらしてくれるものではなかったはず。パンと水で胃袋をごまかしながら、コンピュータを使う。まさに、物好きの道楽としか映らなかった。しかし、そのような人々がいたからこそ、マッキントッシュが日本でこれほど支持されるようになった、その下地を作ったのは彼らなのだと思われてならない。
 矛盾した言い方かもしれないが、仕事に結びつかなくても、マックには生きることに結びつくと、人をして思わせる要素がある。機能一辺倒に走らない、デザインのすばらしさがある。今ではOSと呼ばれる、使う人に優しいシステムの魅力がある。あるいはアラン・ケイいうところの理想のコンピュータ、ダイナブックに近づこうとする、信条がある。私はアメリカ嫌いだし、コンピュータ・マニアではないし、新製品を次々に買うほどのお金はない。それでも、マックは好きだといってはばからない。マックを使うことが生きることにつながるということに、何の疑問も持っていない。他のパソコンでは原稿を書きたくないのだ。申し訳ないが。
 マックの場合、優れている点が魅力なのはもちろんだが、実は欠点さえも魅力なのである。言い方を変えれば、欠点があるからといって、見放そうと思わないのである。欠点など誰にでもある。他人のあら探しをする、自分自身こそ欠点だらけだ。それでもつきあえる人こそが、本当の友人であり、恋人なのではないのか? 自分の欠点が目につくからといって安易に自殺してしまわないのが人間ではないのか?
 まさにこの原稿を書いている最中、G3のシステムがおかしくなり、ハードディスクを初期化した。機能の相性が悪いらしい。まったく、手間がかかる。仕事が手につかなくて心身が麻痺した。しかしこんなこと、誰にでもある話だ。経験値が増えたと思えばどうということはないのである。


 新しいPowerBook発売の噂が聞こえてくる。まず確実と思われるのが、PowerBookG4。その後に控えているものとして、CubeBookともCubePortableとも、どこに根拠があるのかわからない名前が聞こえてくる。少しずつ、私のメインマシン、G3/333にプレッシャーがかかっているのである。これを上回るG3の400と500がありながら、今の私は333モデルに何の不足も感じていない。カードスロットに挿してデータと音声を送信できる通信カード、拡張ベイに内蔵させるZipドライヴ、カードで接続させる外付けハードディスクケースなど、G3/333を家の外に持ち出して、つまり旅をさせるための道具を、私なりに買いこんでいる。G4化したPowerBookが出ても、経済的に余裕がなく、すぐに買えないということもあって、横目で見送るにとどまるだろうと思う。つまり、G3/333には、まだまだメインマシンとして活躍してほしい。しかし、CubePortableともCubeBookとも噂される、いわゆるサブノートマシンには、非常に興味がわく。借金して買いたいとすら思っている。PowerBookで唯一のサブノートとされた2400cが発売されていた時には、ついに縁がなく終わってしまったこと。メインマシンのG3/333を長時間持ち運んでいると、肉体にかかる負担が大きすぎること。サブノートだからデザインも機能も一新されるだろう、それがどんなものか味わってみたい。私は依然としてオールドマック・ファンだが、新しいものを知らなければ古いものについて語ることはできないという確信がある。このような理由で、私はサブノートマシンに興味を持っている。G3/333に向う関心が薄くなり、150の時のように、異変をきたさなければいのだが……。
 そうした状況の一方で、G3/333が、よりよく使えるようになる企画が進行している。私のサイトにもバナー広告が出ている、PowerLabのオリジナルキーボード・プロジェクトである。2000年中の発売を予定していたが、それは無理となって、2001年1月中にずれこんだ。しかし、すでにサンプル画像も公開されていて、後は入荷を待つだけの状態になっている。キーボードの名前は、「P・T・K Power Typing Keyboard」、通称「パワータイプ」。99年以降のPowerBookは、Javaカラーのキーボードが特徴だが、パワータイプ・キーボードは、グラファイトカラーのハーフスケルトンだという。グラファイトといえばiBookの色のひとつに採用されているので馴染みが深いが、これは黒鉛色のこと。筐体の黒色と組み合わせたらどのようなことになるのか。また、キーの配置がさまざまに変更されている、その使い勝手も楽しみだ。これが最高というものはないのだろうが、しかし、とにかくPowerBookを愛しているPowerLabの製品が、アップル純正品より改良されることは間違いない。純正キーボードの表面が摩滅してきたこともあって、新しいキーを叩ければ、それは気持ちがいいだろうと思っている。
 キーボードMacintoshとPowerBookにからめて書いている、私の原稿。「そのキーを叩け!」、「旅するPowerBook」、そして「秋葉原Mac<マック>ロード」。マックとPowerBookを愛する人は多いが、私もその一人である。PowerBookの専門店、モバイルグッズの専門店として、PowerLabがしようとしていることに心が動かないはずはない。広告から入れるPowerLabのサイトに、プロジェクトの詳細が報告されているから、その内容を引用する必要はない。ただ、確認のために、これまでの流れを振り返っておこう。


 2000年4月。PowerLabでオリジナルキーボード製作プロジェクトがスタート。PowerLabは、かつて2400用のキーボードを製作している。その実績をもとに、PowerBookG3以降のマシンで使えるオリジナルキーボードを作ろうというのである。98年マシンのキーボードは、黒。99年と2000年マシンのキーボードには、Javaカラーと呼ばれた、コーヒー色に透けた素材が用いられた。もともとの発想は、98年式のユーザーにも、Javaカラーのキーボードを提供したいということ。それが拡大して、G3マシンなら等しく使えるものを作ろうという企画になった。すぐさまアンケートを開始。一般の希望を集め出したのである。
 5月。アンケートの結果を受けて、PowerLabのサイトに次のような言葉が掲載される。「キートップの入れ替えや、ソフトウェアによる変更の可能性など、極力1つの商品で多くの要望をカバー(しかも安く)できないかと試行錯誤、協賛いただいているテックパーツとも、何度も協議を重ね、スタッフ内でも話し合い、はたまた他メーカーやマスコミ、ユーザからの意見も個人的に収集しながら、検討を重ねました」。私自身、G3/333のキーボードには、若干の不満がある。キーを叩いた、打った、そんな感じがしない。初めて叩いた時の感想は、浅くて軽い。何とも頼りなかった。これが改造されれば嬉しい。
 6月。サイトはいう。アップル純正キーボードの、パコパコしたタッチを向上させたい、と。その理由は、キーボード背面の底板が薄い、キーボードと本体の間に隙間がある、この2点らしい。優れたタッチのマシンとして、1400シリーズの名があげられている。その理由は、底板が分厚いこと。オリジナルキーボードを作るためには、底板の素材を見つけなければならない。製作費と料金を天秤にかけつつ、国内外を問わずに探して、やっと発見。その後のレポートから判断して、これはアルミ板と思われるが、結果的に、底板は純製品よりコンマ数ミリ厚くなったという。
 7月。底板の厚みが増した分、底板以外の厚みを減らす必要が生じる。キーボード全体の厚みが増すと、画面を閉じた際に、キーボードが画面に衝突してしまう。底板以外の厚みを減らすということは、キーを支えるラバーの高さを抑えること。キータッチの向上をはかりながら、ラバーの素材を工夫し、少しでも低いラバーを作るという可能という結論が出た。図面を何種類も書いて、キー配列やキーの大きさを検討。店頭価格の目安もこの段階でほぼ決定し、14,800円となる。しかし、これは2400cのためにPowerLabが開発したオリジナル・キーボードと同じ値段ではないだろうか。2400cのころから3年が経ち、なお値段は変わらないということ。儲け第一主義ではないのだろうが、いささか心配してしまう。
 8月。仮に14,800円で売るとして、何個売れれば損をしないのか。金型の代金に加えて、材料費、加工費、パッケージ代やマニュアル代、宣伝費、人件費などが必要である。計算、計算、また計算の日々、という。
 9月。図面が公開される。英語キーボードであり、当然ながら英数キーは消えている。スペースキーの左右に、コマンドキーが見え、これはショートカット操作に便利。リターンキーは横長に、デリートキーは大きく、ファンクションキーは左側に、などの変更がある。図面を見ただけで使い勝手のよさが想像できる。これに加えて、キーをとりはずした状態のパンタグラフと、問題の底板のサンプル写真が公開された。もちろんまだ使ってはいないわけだが、こうした情報公開第一の姿勢に、信頼感と安心感、期待感を抱く。いいものにならないわけがない。製品の発売が正式に決定し、予約の受付が始まった。発売開始目標は、年末、という。
 11月。キーボード宣伝キャンペーンが始まる。私もこのキャンペーンでオリジナルキーボードの開発計画を知った。サイトを運営している人に向けたもので、キーボードを進呈するからバナー広告を貼ってもらいたい、その上で使い勝手などを試してもらえないか、というもの。この反響はすさまじかったらしい。当然だと思う。私もこれに申しこみ、広告を貼らせていただいた。PowerLabのサイトに、協力サイトの一覧があるが、私のサイト「IRREGULAR」は20番目に載っている。
 12月。20日にキーボードのサンプルが組み上がり、23日に到着したという。指摘すべき点、改善すべき点は予想外に少ない。しかし、サンプル到着予定が1週間遅れているので、年内の発売は無理になったという。不完全なものができても仕方ない。ここは気長にまつべきだろう。さらに、キーボードの名称が決定。「P・T・K Power Typing Keyboard」、通称「パワータイプ」となる。名称に不満はない。
(この項、つづく)



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