torotta17


■ 第17回 トロッタの会

光がほしい
そう言い残して姿を消した

ふたりで旅した
約束の土地 約束の場所
ここが夏の國と
あなたはつぶやいた
二十年前の日



2013年5月19日(日)18時開演 17時30分開場

会場・早稲田奉仕園 スコットホール


「たびだち・夏の風」【2010/2013】
〈作曲/宮封カ香 編曲/清道洋一 詩/木部与巴仁〉
バリトン/根岸一郎 バス/白岩洵 ソプラノ/赤羽佐東子 メゾソプラノ/青木希衣子
フルート/冨樫咲菜 アルト・フルート/臼井彩和子 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/小島遼子 ギター/萩野谷英成

「ながさき七歌」【2013・初演】
〈作曲 宮封カ香/詩 木部与巴仁〉
詩唱/木部与巴仁 箏/小野裕子 尺八/宮附g山(文香)

「すなのおんな」【2012・初演】
〈作曲 田中隆司/詩 木部与巴仁〉
バリトン/根岸一郎 ピアノ/河内春香

詩歌曲「夏の國 memento」op.45b【2010/2013】
〈作曲 橘川琢/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/赤羽佐東子 詩唱/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴィオラ/神山和歌子 ピアノ/森川あづさ 花/上野雄次

三人のフルート奏者のための「オブジェ」【2013・初演】
L'OBJET pour 3 Flutistes
〈作曲 堀井友徳〉
フルートI/八木ちはる フルートII/冨樫咲菜アルト アルトフルート/臼井彩和子

「エスノローグ No.2 “叛逆の旋律”〜木部与巴仁の詩に依る」【2012・初演】
ETHNOLOGUE No.2 “The Melody of Treason”(Poem by KIBE Yohani)
for Bass Solo,Viola,Guitar and Contrabass
〈作曲 田中修一 /詩 木部与巴仁〉
バリトン/白岩洵 ヴィオラ/神山和歌子 ギター/萩野谷英成 コントラバス/丹野敏広

女声独唱と詩唱、室内管弦楽の為の組曲「海の幸〜青木繁に捧ぐ〜」第一番【2008/2013】
1・歌声 2・狂女 3・日輪
〈作曲 酒井健吉/詩 木部与巴仁〉
メゾソプラノ/青木希衣子 詩唱/木部与巴仁 フルート/八木ちはる オーボエ/三浦舞 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/宮下翔子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代・田口薫 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/小島遼子 コントラバス/丹野敏広 トムトム・他/稲垣佑馬 ピアノ/森川あづさ

See-through echos for Violin,Guitar,Poetry and Image【2013】
〈作曲 秋元美由紀/詩 木部与巴仁〉
映像/服部かつゆき 詩唱/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ギター/萩野谷英成

舞踊組曲「神々の履歴書・渡来の舞」【1988/2013】
「序章」「こころの故郷」「渡来のうた」
〈作曲 今井重幸/詩 前田憲二/舞踊監修・振付/坂本秀子〉
舞踊/金 美福(ソロ)・小倉藍歌・猪野沙羅・小見山紬・丸山里奈・佐々木礼子
ソプラノ/柳珠里 合唱/赤羽佐東子・青木希衣子・根岸一郎・白岩洵
フルート/八木ちはる オーボエ/三浦舞 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/宮下翔子
ヴァイオリン/戸塚ふみ代・田口薫 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/小島遼子 コントラバス/丹野敏広
トムトム・他/稲垣佑馬 ピアノ/河内春香





*第17回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

たびだち・夏の風

瞼(を)閉じれば
思い出す
窓の向こうに
揺れていた
瞼(を)閉じれば
思い出す
飛び跳ねる
木漏れ日を

揺れていた
風のままに
若葉たち(が)
光(を)乗せ(て)
ゆらりゆらり(と)

いつまでも
続けばいい
終わらずに
続けばいい
一瞬の時が

何も知らずに
生きていた
見るものと
聞くものを
疑いもなく
生きていた
この世界の
すべてだと

吹きわたる
夏の風
吹き抜けた
音もなく
瞼(を)閉じれば
思い出す
遠い夏の
たびだちを



ながさき七歌
木部与巴仁

ながさき七歌 た(誰)が歌う
ながさき七歌 たが声で
ながさき七歌 たが家の
ながさき七歌 たが娘

のぼると帰れぬ西坂に
わたしの父様ひかれていった
遠目に見えるお背中が
あの世の光に照らされた
ひとつ ながさき七歌の
はじめを歌って聴かせましょう

静かに微笑む観音様が
マリア様とは誰も知らぬ
知っても知らず 知らずも知って
ただひたすらに拝みいる
ふたつ ながさき七歌の
続きを歌って聴かせましょう

これこれこれが唐人塚じゃ
何にも知らぬ幼い子らが
上り下りする墓石に
異国で死んだ唐人眠る
みっつ ながさき七歌の
この先歌って聴かせましょう

村の者みな火あぶりせいと
お告げが出るたび雨が降る
キリシタンみな焼き殺せと
お触れを出すたび雨が降る
よっつ ながさき七歌を
まだまだ続いて聴かせましょう

鳴く鳥に似て話すという
のぞいて見たや唐人屋敷
目かくしされた塀の向こうに
不思議の国があると聞く
いつつ ながさき七歌を
ずっと歌って聴かせましょう

オランダ恋し ああ恋し
繰り返しては泣くという
この小さな胸に
大きな身体を押しつけて
むっつ ながさき七歌を
あとひとつだけ聴かせましょう

はらいそどこじゃ
はらいそどこじゃ
町が焼ける川が干上がる
この世にはもう住めまいものを
ななつ ながさき七歌を
これにて終りにいたしましょう

ながさき七歌 た(誰)が歌う
ながさき七歌 たが声で
ながさき七歌 たが家の
ながさき七歌 たが娘 (二〇一二・五・二十八)



すなのおんな
木部与巴仁

すなのおんな は
朝に死ぬ
鳥が飛ぶから

すなのおんなは
夜に歌う
風が吹くから

すなのおんなは
泣いている
月が落ちたと

金色の川面に身を踊らせ
終わりのない時を思う
愛された時は遠く
愛した時はさらに遠い
この手を取って
あなたは沈む どこまでも
抜け出す日は
遂に来ない

すなのおんなは
花と戯れ
哀しみを殺す

すなのおんなは
獣と遊び
楽しみを滅ぼす

すなのおんなは
笑っている
見るものがない
この目は何も見ないからと (二〇一一・十一・十六)
註・歌曲「すなのおんな」は、最後の二行がカットさました.



夏の國 memento
木部与巴仁

光がほしい
そう言い残して姿を消した
あの人は
三十歳のまま
変わらない面影をとどめている

ひとりの女性が
確かにここで暮らしていたのに
何の気配もなかった
西陽がさす部屋
二十年前の日

夏の國にいるから
残されたノートの文字は艶めいて
探さないで
生と死が同居する
永遠の季節

風の強い夜には
決まって夢に現れる
昨夜も
変わらない姿と声で微笑んでいた
目を覚ますと誰もいない

指先の思い出
あなた以外の女性を何人も知りながら
それでも消えない
しなやかでやわらかな
感触

光がほしい
そう言い残して姿を消した
あの人は
三十歳のまま
私ひとりが変わってゆく

ふたりで旅した
約束の土地 約束の場所
ここが夏の國と
あなたはつぶやいた
二十年前の日

夏の國にいるから
残された文字を頼りに
もう何度 通っただろう
生と死を泥の河が押し流す
異国の町に

落ちる夕陽は血の色に似て
世界を焼いている
いなかった
あなたはどこにも
虚しさを抱いて寝た

あの時は
ふたりだったのに
あなたがほしい光を私もほしい
心でつぶやいている
繰り言

ものが饐(す)えて腐ってゆくにおい
オートバイの音はけたたましく
濁った空気が膨張する
好きだったのだね
この町が

気配はあったのだと思う
あなたがいなくなる
私を置いて
例えば
小さな舟に乗って暗闇に漕ぎ出すような

夏の國にいるから
ノートの文字に触れてみる
そっと静かに
生と死の境界をくっきりと刻んだ
真っ白な紙

喧騒の中をさまよいながら
面影を追う
人ごみにまぎれて
向こうからやって来るのではないかと
三十歳のあなたが

蛍を見て
人の魂が冷たく燃えて飛ぶのだと
あなたはいった
つきまとって離れない
この蛍は誰?

光がほしい
私はいつどこで
あなたの言葉を聞いたのか
記憶が薄らいでいる
夢だったかもしれない

あなたが暮らしたアパートは
今も変わらず
裏通りに建っているよ
ふたりでひたすら求め合った
二十年前の日
夏の國にいるから
それはどこ?
私には見えなかった
生と死の暗い淵に立っていた
あなたの後ろ姿が

夏の國は
異国などではなく
ここと同じ町のどこかではないかと
戯れに想う
寂しさを紛らわしたくて

あなたはいない
私だけがいる
あなたは変わらない
私だけが変わってゆく
夏の國が遠ざかってゆく (二〇一〇・四・六)
註・オリジナル詩を掲げましたが、改訂版「夏の國 memento」は三分の二に短縮されました。



エスノローグNo.2 “叛逆の旋律”
木部与巴仁

ああ 無慚かな
無慚かな

美(うる)はしき
わが夫(つま)の笑み
光り居竝ぶ
白き齒を見る
夜ごとの夢

血に濡らす
わが樂の音(おと)よ
琴もちて果たさむ
父は殺され妻は去り
心は命ず
王を討てと
ただひたすらに討てと

山草の蟲
梢の猿(ましら)
天空の鳥
わが琴を聽く
巌の獸(けだもの)
水奔(はし)る魚(うを)
地を這ふ蛇(くちなは)
わが樂に身を添ふ
かつて人なりし
妖しの影すら
われもまた

ああ 無慚かな
無慚かな

人は避(さ)く
わが醜さに
遠ざけて息を止(と)む
汚(けが)れし肌に
道行く妻すら
十年の
辛苦の果てに氣がつかず

人を捨つわが夫(つま)が行く道に
おびたたし血の蹟を見む

王よ死ね
悶えよ苦しめ
琴に潛ます
刄(やいば)こそ
父の怨みと子の怨み
命に換へて
死を與へむとす

その昔
王が死に
琴彈きが死に
滅びし國があったといふ
無慚かな (二〇一二・五・十四)
註・作曲者による改訂詩です。



海の幸
木部与巴仁

三 歌声 *「天平時代」に寄せて

(*男声)
つま弾きに似て
息吹に似て
うなりに似て

女たちの歌を聴きたい
聴きたい
聴かせてほしい
聴きたいのだ
艶めいて
うるわしく
気高く
時には妖しい
女たちの歌

始まりも終わりもなく
夜には夜の声
朝には朝の声
降りそそぐ雨音に
舞い踊る風音に
響き渡っている

私ですら知らずにいた私
私ですら見ずにいた私
私ですら触れずにいた私
いずこで歌うとも知れぬ
女たちの声が
導いてくれる
指に指をからめ
手に手をからめ
目と目を見交わし
唇もて口うつしに

(*女声)
水ぬるむ
春の泉に
からだをひたし
あなたを想っていた
はたちを過ぎたばかりの
幼い私
おだやかな風に
心をまかせていた

あなたは 来る
あなたは 来ない
あなたは 来る
あなたは 来ない
春の日にほとばしる
終わりのない問いかけ

(*男声)
聴こえるはずもない
女たちの歌を聴こうとして
夢の景色に遊んでいた
あのころの私 (二〇〇七・八・十九)


四 狂女 *「狂女」に寄せて

(*女声)
狂女
あなたは私を
罵っていう
爪先でもてあそび
男の心を引き回す
吐息でまどわし
男の心をおとしめる

(*男声)
歩いても 歩いても
行き着くところがない
望んでも 望んでも
かなうものがない
どこまで歩けばいい
何を望めばいい

(*女声)
狂ってなんかいない
私を狂わせるのは
そうよ わかっているでしょう
とどめても とどめても
あなたは やめようとしなかった

(*男声)
愛しあったのに
求めあったのに
あるはずのものが ない
いつの間にか
どうしてだろう
なくなってしまっている

(*女声)
ふみにじり
うちくだき
呪いの言葉を投げつける
それでも 慕おうとした
それでも 愛そうとした

(*男声)
愛と苦しみは等しい
今ならわかる
でも わからなかった
支配されていると思っていた
苦しみに
抱きあう時
体の芯に起こる熱さ
それだけを
信じればよかった

(*女声)
狂女
あなたは私を
罵っていう
そうかもしれない

思い出して
たったふたり
初めて迎えた 暁を
この私が狂女でも
あの朝の
あの光だけは真実
強がりの向こうで
隠しようもなく
見え隠れしていた
あなたの寂しさ

狂女
爪先と吐息で
男の心を狂わせる
そんな私に
あなたは何を見ていたの (二〇〇七・八・二十)


五 日輪 *「輪転」に寄せて

(*男声)
名前も知らない季節に
女たちが踊っている
鈍く光る太陽に
女たちの姿は燃え上がる
乳房をふるわせ
黒髪を乱す
豊かな腰を
火の草に埋めて

(*女声)
おいで
おいで

(*男声)
女たちが呼んでいる
陽が昇る
月を追いやって

(*女声)
おいで
おいで

(*男声)
女たちの肌が
火に包まれる
踊る姿のまま

(*女声)
私たちと踊ろう
命の限り
踊ろう
燃えてしまえばいい
踊りながら
死んでしまえばいい
踊りながら

(*男声)
名前も知らない季節だった
女たちは踊っていた
ほとばしる思いに太陽は昇る
尽きせぬ欲が太陽を燃やす

(*女声)
おいで
おいで

(*男声)
女たちが踊る
この世の掟が消える

(*女声)
おいで
おいで

(*男声)
ふるえる乳と乱れる髪
この世の戒めが解けてゆく

(*女声)
私たちと踊ろう
命をなくしても
踊ろう
おいで
おいで
燃えてしまえ
欲のままに
溶けてしまえ
思いのままに (二〇〇七・五・二十一)



神々の履歴書 渡来の唄(うた)
前田憲二

陽がのぼる
陽がまたのぼる新天地
まほろばの故郷(くに)を求めて
いま 旅立の時がきた
ドドドド ドドドド ドドドドド
稲は積んだか 多々羅はあるか
櫓を漕ぐ海にこころがゆれる
父の背中に青山映えて
残した母の涙が光る

陽がのぼる
陽がまたのぼる別世界
先人の住まいめざして
いま 船出の時がきた
ドドドド ドドドド ドドドドド
須恵器乗せたか 黄金(こがね)はあるか
めざす大地に雨風ゆれて
海はふたつの祖国をつなぐ
愛はふたつの祖国をつなぐ