torotta16


■ 第16回 トロッタの会

吹雪の声が聞こえてくるよ
私はもう
ずっと哭いている
千年このかた哭き続け
こんな声になってしまった
鳥も魚も獣さえ
私を見ると逃げてゆく
おう おう おう
吹雪の声が聞こえているよ



2012年12月9日(日)18時開演 17時30分開場

会場・早稲田奉仕園 スコットホール


『小さなロマンス 第二番』【2007】 『モイルの海鳴り』【初演】
〈作曲 今井重幸/詩 大西ようこ〉
テルミン/大西ようこ ハープ/堀之北三保 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/広川優香 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/小島涼子 詩唱/宝木美穂

『ロルカのカンシオネス〈スペインの歌〉』VI「ラ・タララ」VII「ソロンゴ」
〈採譜 フェデリコ=ガルシア・ロルカ/編曲 今井重幸〉
詩唱/木部与巴仁 フルート/八木ちはる ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/広川優香 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/小島涼子 ギター/萩野谷英成

『ギター弾く人』【初演】
『物みなは歳日と共に亡び行く・石井康史を偲んで』【初演】
〈作曲 田中修一/詩 木部与巴仁〉
バリトン/篠原大介 メゾ・ソプラノ/青木希衣子 ギター/萩野谷英成 詩唱/中川博正

詩歌曲『死の花』op.40【2009/2012】
〈作曲 橘川琢/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/柳珠里 詩唱/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/森川あづさ 花/上野雄次

『OUT〜詩唱と七人の奏者のための〜』【初演】
〈作曲 酒井健吉/詩 kana〉
フルート/八木ちはる ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/広川優香 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/小島涼子 コントラバス/丹野敏広 ピアノ/森川あづさ 詩唱/木部与巴仁

『無伴奏混声四部のための北方譚詩 第三番』【初演】
 「1.夏〜北緯四十三度の街」「2.秋〜歓びの坂」「3.冬〜吹雪」「4.春〜花だより」
〈作曲 堀井友徳/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/柳珠里・加納彩 アルト/青木希衣子・山下千夏 テノール/根岸一郎 バス/白岩洵

『永訣の朝・新版』【2010/2012】
〈作曲 田中隆司/詩 宮澤賢治〉
バリトン/根岸一郎 コントラバス/丹野敏広 ピアノ/河内春香

『エスノローグ “巨人〈ダイダラボウ〉”〜木部与巴仁の詩に依る』【初演】
ETHNOLOGUE “DAIDARABOU-The Titan”(Poem by KIBE Yohani)
for Soprano,Viola,Bassoon and Piano
〈作曲 田中修一/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/赤羽佐東子 ヴィオラ/神山和歌子 ファゴット/宮下翔子 ピアノ/岡附★謾

カスタネット協奏曲『ファンダンゴスに基づく変容』(ピアノ四手連弾版)【2011】
〈作曲 今井重幸〉
カスタネット/真貝裕司 ピアノ/岡附★謾・河内春香

『たびだち 山の歌』【2010/2012】
〈作曲 宮封カ香/編作 田中修一/詩 木部与巴仁〉
出演者とお客様による合唱





*第16回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

モイルの海鳴り

遠く 遠く
遠くから わたしを呼ぶ声がする
モイルの海が
 わたしの魂をゆすぶる
哀しみこそは 海鳴りの
引き千切られた思いがこぼれ出し
流れていく 流れていく

遠く 近く
耳元で わたしを呼ぶ声がする
モイルの海鳴りが
 わたしの深みに暗闇を穿つ 
わたしを呼び起こす
わたしに触れ わたしを追い越し
波のかげに すべりこむ
      波の底に 落ちていく
おびただしい わたし
おびただしい 命

海鳴りは 鈍色のしぶきをあげ 青白くかすみ 紫に砕ける
朱の色に染まり
 緑 黄 白 黒 金色……
螺旋を描き渦を巻く
溶けてしまった悲しみに
無数の海鳴りが集まってくる
もがき ふるえ ゆがみ うねり
命を合わせて 脈動する
海へ 陸へ 空へ あふれ出す



ロルカのカンシオネス〈スペインの歌〉

「ラ・タララ」

ラ・タララ そうだよ
ラ・タララ いいや
ラ・タララ お嬢ちゃん
おれは見たよ

おれのタララは
緑の服に
フリルと鈴を
いっぱいつけてる

ラ・タララ そうだよ
ラ・タララ いいや
ラ・タララ お嬢ちゃん
おれは見たよ

おれのタララは
緑の裾を
エニシダとハッカの上で
翻すんだ

ラ・タララ そうだよ
ラ・タララ いいや
ラ・タララ お嬢ちゃん
おれは見たよ

そうとも タララよ いかれたお前
腰をふりふり
オリーブ摘みの野郎らに
見せていやがる

ラ・タララ そうだよ
ラ・タララ いいや
ラ・タララ お嬢ちゃん
おれは見たよ



「ソロンゴ」

わたしの瞳は蒼い
心は燃える
炎のとさかになって

夜に中庭で泣くのはもう嫌
こんなに愛しているのに
あなたは愛してくれない

気の触れたジプシー女め
夢に見たことが
現になればと思っている

この愛おしい手が
あなたのマントに刺繍をしている
絹のモールでアラセイトウの花を
肩衣には涙の滴を
私があなたの恋人だったこと
白く輝く春の日に
あなたの馬の蹄の音は
四つの銀のすすり泣きに聴こえた

月は小さな天の井戸
花はいらない
欲しいのは夜
私を抱くあなたの腕



ギター弾く人

一九一四年、
二十八歳の萩原朔太郎は
詩「ぎたる弾くひと」を書く
二〇一一年十二月二十二日、
五十三歳の私は
ギター奏者、
石井康史氏の訃報を聞き
詩「ギター弾く人」を書く

冬の日は
あきらかなり
冬の気は
透きとおり
冬の人は
孤独なり

ギターケース提げて
彼は歩むか
アスファルトの道
物思いにふける
その横顔
かつて異国の町にあり
文学を志し
音楽をまた愛し
ペンとギターを取る
来し方五十年
冬の影はゆれてあり

ギター弾く人
交わせし言葉を
ギター弾く人
まじえた視線を
ギター弾く人
冬の日に 忘れじと思う



「物みなは歳日と共に滅び行く・石井康史を偲んで」

旅の果て
 いつまた会える わが家族
身も知らぬ人 行き過ぎて
思わず見送る 長い影
何に惹かれて 振り返る?
石畳 焼けて崩れて
道なき道を 今日もまた歩む

今日はメキシコのお盆「死者たちの日」。出稼ぎの連中もこの日だけは帰ってきます。
黄色いシンコ・ヤーゴの花が一面に咲くメキシコ中央高原を抜けて、小さなハニツィオ島に出かけました。
真夜中に船を降りると、島は雷と大雨で停電です。ずぶ濡れになりました。
家々には蝋燭の灯がともっています。シンコ・ヤーゴに飾られた祭壇を囲み、家族が静かに、夜を明かしています。黄色い花に先祖を想っています。
風邪を引きましたがすぐ治るでしょう。それでは、また。

群れ鳥は 青い空に 羽ばたいて
歌うたう ギターもなしに
心のままを 風に乗せ
人は死んだら 鳥となる
われもまた 旅に倒れて
いつの日にか 空 駆けゆけり



死の花

花は血
飛沫となって地面に散る
私はそれを
すくいあげて活ける
手を血に染め
命で濡らしながら
終わりも知らず活けている

縒り上げた糸に似る
ごみむしの角
つや光りした胴体に
世界が映る
静寂
生と死の境界はわずか
沈黙
聴こうとして聴かず
ただじっと
花になったごみむしが
私を見ている
いつかはおまえを
花にしたい
おまえの形を見てみたい
いいだろう
六脚の主に
この身を捧ぐ
覚悟はできている



OUT

いつもだれかの声で起きる
なんといっているのか聞き取れないけれど、
私に話しかけているのは確かだ
今は学校にも行っていない
 きっとトモダチも私のことなんて 忘れてしまって、
屈託のない顔で、毎日同じ様な遊びを繰り返しているのだろう
ああ、いま私は生きているけれど、これが純粋な生なのか
こうやって時間が過ぎ、
 年をとっていくことに、
  何の意味があるのだろう
ああ今日もあの声が聞こえて
一日が始まる
そして終わる
何の意味が?

ある日、朝声がしなかった
ただ、目の前に少年がいた
顔には昔お祭りで買ってもらった
狐のお面をつけて

真っ暗なトンネルの中にいるのね私
その向こうに少年が立ってる
あの子は小さい頃に
会ったことがある
どこだったろうか

「今度はともちゃんの番だよ!」
少年は叫んだ
あ、毎日聞いていた声だ
少年が走り出す 闇に向かって……
「まって。」向こうは暗いのに
闇の中から声がする
「今度はともちゃんの番だよ!」
あははと笑っている

つかまえなくちゃ
そう思った
でも足が動かない
「暗いのは……こわいよう。」
すると少年が叫ぶ
「もう暗くないよ!
ボクが見えるでしょ!
」 きづけば、暗闇に目が慣れたのか、うっすらと少年が見えた
「つかまえてごらんよっ」
私は走り出した
少年も走り出す

まって。もう少し
そういえば最近走っていない
 足がもつれそうになる
何年ぶりかと思うくらい
 全速力で走った
長い長いトンネルは
 どこまで続いているのだろう

もう無理だ。もう走れない。
そう思った瞬間、
 目の前が真っ白になった
気づけば目の前には
 天井が広がっている
布団の中だ

なんだ、夢か
見慣れた遠近感のない景色がいつものように私を取り囲んでいた
当然だ
誰もいない部屋……

すると外から声がした
「今度はともちゃんの番だよ!」
窓の下をみると、
 誰が落としたのか
  狐のお面が落ちていた
無意識に、
たぶん無意識に私は階段を降り、
何年もあけていなかった
 玄関のドアを押した
重い音がした
 夢の中と同じように白い光で
 目がくらむ……
落ちているあのお面まで
 何メートルあるのだろう
遠い距離だ
 だが私ははだしで走り出していた

お面をつかんだらふと風が吹いた
冷たく澄んだ空気の粒子が、
 私の身体を撫でていった
ああ、
 なんて気持ちのいい風なんだろう
見上げると、
 天井より何倍も高い
  青い空が広がっていた

そのとき、空から声がした
「ともちゃんの勝ちっ!」
 
空の先には、
 ひとつだけ浮かんだ
  小さな白い雲が、
ゆっくりと流れていくのが見えた



北方譚詩第三番のために 北の国の四つの詩

 一・夏 北緯四十三度の街

道は白く
ただひたすらに灼かれ
果てしなかった
息もできずに
立ち尽くしている
ざわめきも
にぎわいすら
何もかもが遠い
わきあがる
夏の雲
北緯四十三度の街に
空気が燃える
つかの間の季節
届こうとしても届かない
面影を追いかけて
夏の雲を
見あげている

 二・秋 歓びの坂

それはどこまでも続く坂道
頂に立つ私の目に
駆け上ってくるあなたが見えた
歓びを届けたくて
草を分け
笑っていた
風にさからい
手を振りながら
一刻も早く! 下界に広がるわたしの町
鳥が飛んだ
あなたの背中で
あなたも飛んだ
見えない翼を背中に負う
若々しい鳥に似て
あの日のあなたはもういない
数えきれないほど遠い
秋の思い出

 三・冬 吹雪

吹雪の声が聞こえてくるよ
私はもう
ずっと哭いている
千年このかた哭き続け
こんな声になってしまった
鳥も魚も獣さえ
私を見ると逃げてゆく
おう おう おう ……
吹雪の声が聞こえているよ
私はたぶん
まだ生きている
万年このかた生き続け
こんな姿になってしまった
荒れ果て傷つき疲れ果て
光の欠片(かけら)も見えなくなった
おう おう おう ……
吹雪は歌う
哭きながら 生きながら ひとりで

 四・春 花だより

あの人はいないけれど
春になれば
花のたよりが聞こえてくる
咲いたよ 咲いた
あなたの好きな
青い花が

音もたてずに流れている
雪解けの水
しゃがんだまま
ふたりでじっと見ていたね
春は
北の町にも忘れずにやって来る

ひとりで聞いた
花のたより
あの人が送ってくれた
花のたより
もうずっとひとりで
聞いている



永訣の朝

けふのうちに
とほくへいつてしまふ
 わたくしのいもうとよ
みぞれがふつて
 おもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう
 陰惨(いんざん)な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜(じゅんさい)の
 もやうのついた
これらふたつの
 かけた陶椀(たうわん)に
おまへがたべる
 あめゆきをとらうとして
わたくしがまがつた
 てつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに
 飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやよう
 あかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたう
 わたくしのけなげないもうとよ
わたくしも
 まつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい
 熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽
 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪の
 さいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな
二相系(にさうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちが
 いつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんの
 この藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふ
 おまへはわかれてしまふ
あぁあのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたて
こんどは
こたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべる
 このふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが兜率の天の食に変つて
やがてはおまへとみんなとに
聖い資糧をもたらすことを
わたくしの
 すべてのさいはひをかけてねがふ



巨人

私の耳は果てしない
行けども行けど
奧知れず
行けば行くほど
廣く
大きくなってゆく
果てしない
私の耳
町には人
空には鳥
海には船を
耳の奧で聽いてゐる

耳元の聲が
幼い私を眠らせない
瓦礫の歌
眠らうと
すればするほど
瓦礫が歌ふ
お前はと
終はらない
お前はと
應へない
目を閉ぢて
獨りぢいっと堪へてゐた
幼い夜

私の耳は今も聽く
見えない國の
見えない歌
うるうやわあいと
歌ってゐる
見えない人の
見えない聲
うるううやわああいと
呼んでゐる
風に似て
雨にも似て
私の耳だけは知ってゐる

入ってしまった
瓦礫が
耳のどこかで
啼いてゐる
人が踏み
鳥がついばむ
船はさらひ
雨と風はもてあそぶ
手をさしこんで
取り出さうとしても取れない
瓦礫
私だけの瓦礫



たびだち 山の歌

山が見たもの
それは街
霧の中に
沈んでいた
山が見たもの
それは街
冬の朝に
現われた

明けてゆく
夜の世界
音もなく
風は吹き
光がさす

繰り返す
いつからか
繰り返す
限りなく
繰り返す
いつまでも

山が見たもの
それは街
歓びと
悲しみと
山が見たもの
それは街
愛しみと
懐かしさ

人は死に
人は生まれ
生きてゆく
あの街で

山は見つめる
街の影
透き通った
空の下に