「3400cを普通に使う会」タイトル

第2週:01年1月17日〜1月23日


3400のI/Oポート

あっさりしているように見える3400cのI/Oポート

1月17日
 ただ、本にはできないながら、サイトで公開している原稿がいくつかある。そのうちのいくつかは、確かに、3400cを使って書いたものだ。中でも私にとって重要なものに、『伊福部昭・音楽家の誕生』の姉妹編とも続編ともいえる、『伊福部昭・タプカーラの彼方へ』。この原稿は、確かに3400cで書いた。これが刊行されれば、3400cで書いた著作になったのだ。しかし、さまざまな事情から、Web版として公開する他ない状況である。それでも、これは3400cが書いてくれたことには違いない。3400cを、普通に使って書き上げた原稿、それが『伊福部昭・タプカーラの彼方へ』なのである。
 いや、まだまだある。99年に1年をかけて形にした『書くことの冒険』。2000年に書き始め、その年末に体調を崩して中途半端になっているものの、『そのキーを叩け!』と『良書良衣』という原稿がある。G3購入後は3400cを使わなくなったが、途中までは、確かに3400cで書いていた。この事実を、私は大事にしなければならない。何しろ、そのことを知っているのは、3400cの他は、私だけなのだから。

1月18日
 このあたりで、一応、3400c/200の概要をおさらいしておこう。3400cとは、どんなマシンだったのか。世代が違いすぎて意味ないかもしれないが、新発売されるPowerBook G4 Titunium/400MHzとくらべてみる。なお、Apple社のサイトでも3400c情報は、今も公開されている。

3400c/200G4 Titunium/400
CPUPowerPC 603e v(200MHz)PowerPC G4(400MHz)
バックサイド2次キャッシュ256KB1MB
メモリ16MB(最大144MB)128MB(最大1G)
HD2GB10GB
ディスプレイ12.1インチTFTカラー液晶(バックライト)800×600ピクセル/32,768色表示15.2インチTFTカラー液晶(バックライト)1,024×768ピクセル16,700,000色表示
ドライヴユニット12倍速CD-ROMドライヴ/1.44MB FDドライヴ最大6倍速DVD-ROMドライヴ
インターフェイスシリアルポート、サウンド入出力ポート、Ethernetポート、モニタポート、SCSIポート(HDI-30)、PCカードスロット(TypeII×2、TypeIII×1)、内蔵スピーカ×4(ステレオ)、36Kbpsモデム FireWire×2(400Mbps)、USB×2(12Mbps)、Ethernet 10/100BASE-T(RJ-45コネクタ×1)、V.90準拠の56Kbpsモデム(RJ-11コネクタ×1)、赤外線インターフェイス、PCカードスロット(TypeI/II×1もしくはZoomed規格PCカード×1)、内蔵スピーカ×2(ステレオ)、無指向性マイクロフォン×1、ビデオ出力ポート(VGAコネクタ×1、Sビデオ出力ポート×1)
サイズ/重さW293×D239.5×H65.6mm/3.2kgW341×D241×H26mm/2.4kg
価格598,000円29,8000円
発売時期1997年5月2001年1月

1月19日
 腰が痛い。膝の関節が痛い。背骨が痛い。これすべて、G3/333を持ち歩いた結果である。重量約2.7kgのG3/333でもこうなる。ましてや、3.2kgの3400cを持ち歩いたらどうなるか。映画『インデペンデンス・デイ』で、ジェフ・ゴールドブラムは3400cを片手で軽々と持ち運び、地球存亡の危機を回避させるため大活躍した。彼の肉体の強靱さを思わざるをえない。私など、地球の危機を救う前に、おのれの肉体的危機に直面してしまう。劇中、彼がバッテリーに充電する場面を一度も見なかった。ということは、ズボンのポケットかどこかに、大量のリチウムイオンバッテリを隠し持っていたのであろう。それが果たして何kgになるのか、私には見当もつかない。つくづく、アメリカ人とひ弱な日本人の差を実感する。
 高くて重い。これが3400c不人気の大きな原因だろう。そこで比較されるのが、3400cと同時期に発売された2400cである。こちらは軽い。約1.98kgである。おかげでフロッピードライヴもCD-ROMドライヴも外付けにしなければならなかったが、それは外出先で使わないことにすればいいのだから、あえて問題にはしない。中古ショップに行くと、3400cと2400cが並んだところで、よく人が会話している。「やっぱり買うんならこっちだな」。当然だが、2400cのことをいっている。「こっちは重いんだよ」。3400cのことだ。聞いている方も抗弁しない。誰も3400cの弁護をしない。「いや、オールインワンだし、このころの最高性能機だからばかにはできない」。こんなことはいってくれないのである。「2400c? ははは。日本人特有の軽薄短小マシンだな。重厚長大な3400cを愛せないようでは、旧来の型から脱皮できないよ」。私はあえて、3400cのために、こういいたいのである。

3400紹介広告

『PowerBook徹底ガイド』(97年・アスキー)を飾った1400、2400、3400の広告
当然、メインは2400。「世界最速、プロモデル」と謳われながら3400はサブの扱い


1月20日
 他人の言葉を信じてはいけない。たとえそれが間違っていなくても、信じるべきは自分の言葉。自分の言葉が間違っていても、他人の言葉を鵜呑みにするよりはましである。他人の言葉に左右され、売るべきではないものをどれだけ売ってきたか。一度売ってしまったものは、買うために払った努力の、何十倍の力を尽くしても買い戻せないと知るべきである。
 PowerBook150は、つまらないマシンとされてきた。150が発売された94年8月は、デスクトップではすでにPowerMacが発売されており、PowerBookでも68LC040プロセッサ搭載マシンが売られていたのに、68030/33MHzの150は、非力なものとされた。さらに100シリーズでは165cや180cが発売され、Duoに270cや280cがあり、500シリーズに520cや540cがあったにもかかわらず、モノクロ表示しかできない150は古くさい印象だった。さらに、150は軽量化、低価格化をはかるためにいくつかのポートを削減。特にADBポートがないために、キーボードやマウスを接続できないことには批判が集まった。ところが、その150を末長く使い続けようと、150、「いちごおまる」という名前にちなんだ「苺丸同好会」が結成されて盛会である。私も150は購入したが、使いやすかったにもかかわらず、あまりに評価が低いので引け目を感じていた。しかし、「苺丸同好会」があるなどの事実を知って、改めて150に愛着を感じ、今では5台を持つに至っている。
 だいいち、PowerBook100という、中古市場にもめったに出ない人気機種が、初登場時は雑誌で叩かれているのである。「MACPOWER」の91年12月号を見よう。まずフロッピードライヴを外付けにした点。「外付FDHDが用意されているとはいえ、内蔵されていなければノートブックの機動性は低下する。ちなみに国産MS-DOSマシンでは、同程度のボディサイズでFDDを内蔵している」。さらにディスプレイについて。先に発売されたPortableでは高価なアクティブマトリックス液晶を採用したが、「PowerBook100ではコストを抑制するため断念された。その結果、ポインタを速く動かすと、STN液晶が追いつかず、ポインタの残像が出る。視認性は今一つ」。こうした指摘にもかかわらず、PowerBook100の原点として、高く評価されているのである。多くの人が、使ってみて初めて、100の便利さを認識したのだろう。

1月21日
 3400cの函が気になって仕方なくなった。千駄ケ谷のPacificWavesを訪れた際、店の外に積んであった函に3400cのものを見つけ、思わず訊いてしまった。「あの函はいらないものですか?」。いらなければもらおうという心積もりである。しかし、それは不要品ではなく、梱包用、あるいはお客さんからの預かり物ですという返事だった。店の人は理解したに違いない。欲しがっているな、と。だから、その日の夜、もしも函を片づけないで外に出しておき、翌朝、函がなくなっていれば、疑われるのは私であろう。実は秋葉原の中古屋でも同様のことを訊いたのだ。店の中に3400cの函があり、周りに置いてあるものにはすべて値札がついているのに、その函だけは札がなかった。「この函は置いてあるだけですか?」。いや、それは店で売っている、3400cの付属品ですという。3400cの中古を見ても、つい、付属品の欄に函と書いてあるかどうか確かめてしまう。浅ましいものだ。しかし、当然のようにも思う、自分本位に考えれば。3400cを普通に使う会を作ったのである。中身を充実しようとするのは当然の心理。……しかし、充実させるといったって、すでにある函に加えて、どうしてもう一つ以上、別の函が必要なのか。マニアの心理が働いている、つまり、普通に使うのではなく、特別に使おうとしているのではないか? そのとおり。私は常に、のめりこんでしまう。本質的に、マニアの気分を持っているのである。会を作ること自体、すでに普通じゃないのである。

1月22日
 再び190csを購入できた。それが今日のことである。起動しなくなって売りに出してしまって以降、私は190csのことが気になって仕方なかった。できればもう一度手に入れたいと思いつつ、3400cがあり、さらにG3/333を買うに及んで、今さら190csを買ってどうする、100シリーズのように安ければいいが、190csの場合は2〜3万円する。そんな金ないなあといいながら、安いものをたくさん買いこんで、結局、190csを買えるに等しいか、それ以上の金額を費やしていたりする。しかし、今日は本当に安い値段、約10,000円で本体を購入。16MBメモリを2,600円ほどで買うことすらできたのである。すでに書いたが、190csは3400cの原点、その一翼を担うマシンである。3400cの外観は、190csによく似ている。これは、190csというより、190csと同じ型の5300シリーズを流用しているから。そんなことでいのか、マシン独自のデザインをほどこして、といいたいところではある。しかしそのような事情があるだけに、190csと3400sを関連づけてみたくもなる。190シリーズと5300シリーズがあったから3400cが生まれたのだとすら、いささか強引だが、いえる部分もある。もちろん、外観に限っての話ではあるが。

1月23日
 こんな夢を見た……。PowerBookを解説した、あるムックに、3400のハードディスクは、1400と同様にSCSIだから、今となっては探すのが面倒だと書いている。それに対して2400はIDEだから楽だ、と。よほど強烈な夢だったらしく、朝、起きてからも、私は3400のハードディスクはSCSIだと信じこんでいた。いうまでもなく、IDEである。IDEはPowerBook150がすでにそうだったのであり、その3年後に出た3400が、どうしてSCSIなものか。しかも、2400だけはIDEなのだがといっていて、3400を持つもののコンプレックスまで、ていねいに表してくれている。『PowerBook大改造計画』(BNN)には、IDEとSCSIの比較をこんなふうに紹介している。「PowerBook150は、Macで初めてIDE規格のHDを搭載した機種である。それまでMac(およびPowerBook)にはSCSI規格のHDが搭載されていた。しかし、当時すでにAT互換機の標準であったIDE規格のHDに比べ、SCSI規格のHDは高価であるという難点があった……」。実はこの原稿を書く時も、あれは本当に夢だったのだろうな、本当はIDEではなくSCSIではないのかと、夢で見たと思しきムックを見直したくらい。つまり、読んだとしたらこのムックだというわけ。それは「MacFan」の別冊として99年に刊行された「iBook & PowerBook Special」。しかし、どこにもSCSIとは書いていなかった。やはりIDEだった。当然であろう。

再び、3400の函

3400cの函、再び登場。アップルマーク入り


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